① 壁土製造所調査

 土壁ネットワークは、土壁や歴史的景観にかかわる調査研究など、過去の木造建築の技術や文化を引き継ぎ発展させるための活動をしています。本会の過去10年ほどの研究成果と現在進行中の活動について、数回にわたり報告する予定です。
 はじめに、私たち団体のことを説明します。

■団体設立経緯と活動概要

 平成15年の建築基準法告示改正で、土壁には1.0と1.5の壁倍率が与えられましたが、この仕様規定を厳密に運用しようとする香川県の審査機関との間で協議が活発になりました。そこで県下の土壁耐力を自分たちで試験し確かめようということで、平成17年、任意団体として土壁ネットワークが発足しました。
 当初からの研究対象は耐力壁としての土壁で現在も変わりありません。四国職業能力開発大学校との共同研究では100体を超える実大試験を行い、この成果を公開することで全国ネットワークが出来つつあります。現在は香川大学が加わり土壁建物の構造計算法についての研究が進行中です。
また、耐力壁の研究が一通りの節目を迎えたことから、活動をこれまでの試験中心から研究成果を応用する現場に移し、町家など歴史的木造建物や景観、省エネルギーなど土壁に関係する様々な分野にもテーマを広げつつあります。
 
 今回の報告は、土壁の最も重要な耐力要素である壁土の製造供給の現状と課題についてです。

■壁土製造所調査

 土壁住宅をつくるには、壁土を安価で安定的に供給する壁土製造所の存在が欠かせません。平成7年の阪神淡路大震災以降の土壁需要激減により壁土製造所の存続は危うい状況にあります。また壁土の建材としての品質性能の向上と安定化は土壁存続にかかわる重要な課題となっています。
 平成23年から3年間、大学との共同研究で行った壁土強度安定向上の研究の一環として、壁土製造の現状と課題を把握するため、所在、製造方法、原材料の入手、製造体制などについて全国の壁土製造所23社への聞き取り調査を実施しました。

1)壁土製造所の所在

 知り合いの全国の設計者や左官から得た情報をもとに、何人もの人を経由してやっと製造所の所在地が掴めるという状況でした。製造所は思っていたよりも作り手には知られていないようです。調査時、断層の糸魚川静岡線から西の各県にはそれぞれ壁土製造所が稼働していました。(図-1)

図−1:壁土製造所調査 調査場所

2)壁土の製造方法

 壁土の製造方法は、土練機による方法(写真-1,2)と油圧ショベルなどを使ってプールで製造する方法(写真-3)があります。土練機で製造する場合は製造後直ぐに出荷が可能なため夏場の臭気の問題が少なく保管場所を持たなくても良いという利点があります。プールを使用する製造の場合は練り置いた状態で一定期間置かれた荒壁土を小分けで販売します。

写真−1:一軸土練機[徳島県美馬市]


写真−2:二軸土練機(高知県土佐市)


写真−3:プールで製造(広島県安佐南区)

3)土練機による製造

 土練機製造会社への調査より、壁土の製造方法は昭和40年代後期には、それまでの耕運機や油圧ショベルを使った製造から壁土専用の土練機による製造へと変わりました。当時は地方の木造住宅の大半は土壁でつくられており、その需要に支えられて西日本にある壁土製造所の多くは土練機を導入したのです。初期の一軸型土練機はその後、二軸型に進化し効率よく壁土を製造することが可能となりました。
 図-2は、新築木造住宅着工数と壁土用土練機の生産期間の関係を示すグラフです。生産は昭和40年代後半に始まり阪神淡路大震災が発生した平成7年まで順調に続きますが、震災以降の生産は無くなります。土壁住宅の減少が関係するものと考えられます。

図−2:新築木造住宅着工数の推移と土練機の製造期間

4)原材料の入手方法

 壁土に適した粘土は、一般には丘陵地や平野部に堆積した粘性土を使用しますが、宅地の広がりにより採取地は減少傾向にあります。地域によっては砕石採取の際に廃棄される細粒土を使用するところもありました。昔から関東で用いられてきた荒川で採れる荒木田土は、上流から流れ着いた比較的新しい堆積土で、現在も河川敷などで採取しています。
 ワラは稲ワラを使用します。九州や中国地方など地域が比較的入手可能であるのに対して、その他多くの地域ではコンバインの普及などにより新たな入手が困難になりつつあります。畳床や飼料などワラの従来用途の需要や耕作の減少の影響が考えられます。壁土需要の落ち込みにより現在のストックで当面の需要に対応可能という製造所もあるようです。

5)壁土の価格

 練った荒壁土の運搬は2トン車を使用することが多く、一般に壁土の単価は1車あたり約1.2立方メートルの価格で表示されています。調査時での工場渡し価格は、6,500~8,000円/車、近地への運搬を含む現場渡しの場合は11,000~13,000円程度の価格が多く見られました。

6)壁土製造所の主たる事業

 多くの壁土製造事業者は壁土の需要が多い時期に起業し設備投資や事業拡大を行いました。壁土需要が激減した現在は、必要とする施工者の要望に応えるため片手間で製造を継続するという状況がうかがえます。現在の壁土製造事業者の主な事業としては、同じ粘性土を扱う培土の製造販売、瓦販売、土砂販売、建材販売が多く見られます。

7)事業継続意志

 今回調査した23社のうち半数以上は壁土製造以外の事業を持ち、その事業が順調であれば壁土製造継続の可能性は有ると思われました。うち4社は壁土製造販売を主な事業として40代以下の後継者が存在しました。一方、本調査を実施した3年間の内に壁土製造を取りやめた事業所が3社、後継者のいない事業所は6社ありました。地域内の壁土製造所廃業による販売エリアの拡大、生活者の自然材料への志向拡大など環境変化が事業存続の可能性を残し後継者を生む要因の一つになっていると推測できます。

8)壁土製造の現状と課題(まとめ)

① 西日本では概ね各県に壁土を供給できる壁土製造所が存在するが存続は危うく、一旦廃業した製造所の再建は困難である。壁土製造所の存続には需要喚起する早急で具体的な行動が必要である。
② 壁土製造所の情報は住宅の作り手にはあまり知られていない。作り手に必要な性能や品質に関する情報、製造所の所在や供給方法など情報の発信が必要である。
③ 壁土の性能品質を示す指標は未だ示されておらず明確化が急がれている。新たな需要開拓には壁土を建築材料として扱うための強度性能など品質の明確化が必要である。


土壁研究報告執筆者の紹介と概要
大西泰弘(有限会社田園都市設計代表取締役)
機会をいただき、これまでの調査や研究の成果を連載することになりました。2015年11月号から、阿波のまちなみ研究会(徳島県建築士会)会報「まち研だより」に投稿の記事を掲載します