第1回 粘土を考える
「関東の土と関西の土」

 土壁ネットワークには時々土壁に関する質問が届きます。多くは貫や小舞など下地に関するものです。おそらく土の性質を調べる方法や考え方に馴染みがないために、どうしても下地に関心が向いてしまうのでしょう。しかし実大試験の結果からは、土壁の耐力は主に使われた壁土の強度に依存し、下地の影響はそれほど大きくないことが分かります。土壁を知るには先ず土を知る必要があります。そこでこの際、壁土を理解するために必要と思われることを幾つかの項目に分けて説明してみようと思います。分かりやすくするために関東と関西の土を比較しながら話を進めます。

 写真は圧縮強度試験のために乾燥中の二種類の壁土です。左側が香川の土、右側が荒木田土と呼ばれる埼玉の土です。色は香川が黄色、荒木田は灰色で表面の様子も明らかに違います。荒木田土は3ヵ月ほど練置きしているとのことですが、冬季のためあまり変化はなかったようです。香川の土は練置きをしていません。写真は圧縮強度試験のために15センチ角にカットした状態です。荒木田土の試験体は香川産に比べ少し薄くなっています。乾燥前は同じ厚さでしたから、これは荒木田土の乾燥収縮が香川の土に比べ大きかったことを示しています。乾燥前の含水比は荒木田土が50%、香川の土は40%でした。圧縮強度の違いは藁苆配合量の影響があるため即断はできませんが、今回の試験では香川の土のほうがやや高い数値を示しました。しかし、荒木田土も6体の試験体全てが技術解説書に記載された荒壁土に必要な強度を上回り、壁土としての性能に問題がないことが確認されています。一般に関東の壁土は「さくい」、関西の壁土は「ねばい」と言われていますが、こうした違いは土の物理的性状や成りたちを知ることによっておおよそ理解できます。

1.土の捉え方「粒径による分類」

 壁土には必ず粘土を用います。粘土とは、「極めて微細な粒の土」のことです。土質力学では土を粒の大きさ(粒径)により粘土、シルト、砂、礫(れき)の4段階に分類しています。粒径5μm(マイクロメートル)以下は粘土、5μm~75μmはシルト、75μm~2mm(ミリメートル)は砂、2mm~75mmが礫です。砂と礫はこの範囲内で更に細砂(礫)、中砂(礫)粗砂(礫)の三つに分かれます。この名称は地盤調査でお馴染みのものですが、壁土を考える場合にも基本となります。
 
 少し横道へ外れますが、ここで単位の説明をしておきます。いちばん最後のmは長さの単位メートルのことです。m(メートル)の前にあるμとmは接頭語と呼ばれるもので、μ(マイクロ)は10-6、m(ミリ)は10-3を意味します。このようにある単位(ここでは長さ)の前に接頭語をつけて表現すると0をたくさん付けたり、10の何乗という書き方をしなくて済みます。これは国際単位系(SI単位系)と呼ばれる世界標準の単位の表し方です。国際単位系は長さに限らず、重さ(ニュートン:記号N)、角度(ラジアン:記号rad)など、あらゆる量の単位に使われています。キログラム(重さ)や度(角度)を使ってきた旧世代には馴染み難いと思うので、今後もその都度説明するようにします。  
 では再び粘土に戻ります。先ほどの分類によれば粘土とは粒径0.005ミリメートル、つまり1ミリの千分の5以下の非常に粒の細かい土ということになります。この「粒の小ささ」が粘土の性質に深く関わっているのです。

2. 土の性質の見分け方「粒径分布曲線」

 

 土には様々なサイズの粒子が混在しています。ある土の中にどの程度の粒径の土がどれくらいの割合で含まれているかを図示したものを粒径分布曲線(または粒径加積曲線)と呼びます。このグラフは土の性質を知る上で重要なものです。ではグラフの読み方を説明します。グラフの横軸は粒径、縦軸は通過重量百分率(%)を表します。縦軸には0から10%刻みに100%までの数値が当てられています。これはある大きさのの網目を通過した土の量(重さ)が全体の何割あったかを示すものです。例えば、横軸の粒径0.075ミリと曲線との交点を横に辿れば縦軸の10%あたりに到達します。これは0.075ミリの篩目を通過した土(シルトと粘土)が全体の10%程度、それを通過できなかった土が90%あったことを示しています。粒径分布を調べるには篩を用いますが、0.075ミリ以下の細かい土を仕分ける篩はないので、土を水に溶かして沈む速度を調べる沈降分析という方法が使われます(興味のある人はJISの土の粒度試験(JIS A 1204)を調べてみて下さい)。

 次に曲線の読み方を説明します。曲線の勾配がなだらかであれば粒径が広い範囲に分布していることを示し、勾配が急になればその付近の粒径の土がたくさん含まれていることを表します。曲線が左上に上がるほど微粒分が多く、右下に寄るほど粗粒分が多くなります。土質力学では曲線がなだらかな土は締め固め特性が良いとして評価しますが、これは壁土の場合にも当てはまります。次のグラフは香川県で使われている数種類の荒壁土と京土、荒木田土の粒径分布曲線を比較したものです。昔から壁土として定評のある京土はバランスの良いなだらかな曲線を示し、香川の土もだいたい同じような分布を持つことが分かります。これに対し荒木田土は曲線が左上に偏り、微粒分の割合が高いことを示しています(但し、これは今回試験した土のデータではありません)。これまで幾つかの大学で調べた壁土のデータを調べてみても、関東の壁土は微粒分の粘土・シルトの割合が50%~90%に及ぶのに対し、関西で使われている壁土では、この割合が40%前後のものが多いようです。

3.粒径分布はなぜ重要か

 土の力学的性能を左右する原理はコンクリートの場合と変わりません。コンクリートはセメントと水に細骨材と呼ばれる砂、粗骨材の砂利を加えてつくられます。つまり粒径の異なる材料を配合することで強度を高めているのです。セメント粒子は水と反応して細骨材の砂に付着し、それが粗骨材を包んで空隙を埋める働きをします。空隙が少なければ圧縮強度は高くなります。壁土にも同じことが言えます。大小様々な粒子が適当な割合で混在していれば大きな粒子の間に小さな粒子が入り込み、全体的に空隙が少なくなるからです。また、粒径の違うものが適度に混じり合うことで、外力が加わったときの摩擦抵抗も大きくなります。粒径分布は土の力学的性質を推測する指標となるのです。

4.水と乾燥収縮

 セメントや粘土のような微粒子の集合体は、水を含むと軟らかくなり体積が増えます。そして固くなるにつれて水分は次第に減り、体積も小さくなっていきます。これが乾燥収縮です。乾燥収縮は乾燥の過程で起きる現象であり、完全に硬化すれば収縮は起きません。
 水は土粒子の表面に集まるので表面積が増えるほど反応は活発化します。同じ重さの二種類の粒子を比較した場合、表面積の合計(比表面積と呼びます)は粒径が小さいほど大きくなります。例えば、粒径2ミリの砂1グラムを1μに粉砕すると表面積は1000倍にも増えます。したがって、微粒分が多いほど全体の表面積は多くなり、水との反応に多くの水を必要とするので乾燥後の収縮もまた大きくなります。荒木田土の試験体の含水比が香川の土よりも高く、乾燥後少し薄くなった原因はここにあると思われます。壁土の収縮は壁のひび割れや軸組周辺の隙間となって現れ、どちらも壁の耐力を落すだけでなく仕上がりにも影響します。これは土壁にとって実に悩ましい問題です。

5. 藁の役割

 壁土には必ず藁苆を混ぜます。苆(スサ)とは短く切った繊維のことです。藁苆を壁土に混ぜる理由は二つあります。一つは土の粘りをやわらげて施工性(鏝延び、鏝さばき)をよくするため、もう一つは藁の繊維を利用して土の乾燥収縮に抵抗するためです。土に混ぜられた藁は壁の強度にも影響を与えます。この影響にはマイナスとプラスの二つの面があるので注意が必要です。マイナス面は藁の断面がストローのような中空の形状をしているため、それが壁の中に多く含まれていることで空隙が生まれ、壁土の圧縮やせん断抵抗を弱めてしまうことです。プラス面は藁の繊維が壁土の摩擦抵抗を高めることです。これは壁の変形性能(靱性)を高める働きをします。練り置き(藁と水を加えた壁土を一定期間寝かせておくこと)は藁を腐蝕させて繊維化させるのでプラス面だけが残り壁の強度を高める効果があります。練り置きにより藁に含まれているリグニンなどの成分が土と反応して施工性を高め、耐水性や防火性能を向上させると言われていますが、その効果がどの程度のものかはまだよく分かっていません。

6.壁土の強度・その1

 壁土にはどの程度の強度が必要でしょうか。技術解説書は壁倍率1.0と1.5を使う場合に必要な荒壁土と中塗土の最大圧縮強度をそれぞれ0.30N/mm2、0.55N/mm2、荒壁土と中塗土が一体となった土(これが土壁の状態です)の場合を0.40N/mm2と定めています。この単位も分かりにくいと思われるので説明します。0.30N/mm2とは面積が1平方ミリあたり0.30ニュートンの強度があるいう意味です。力を表す単位として以前はkg・f(キログラム)が使われていましたが、現在はN(ニュートン)という国際単位に統一されています。Nとキログラムとの関係は極めてややこしいので1KN(1キロニュートン=1000N)が約100キログラムにあたると覚えてください。つまりNを10で割ればほぼキログラムの数値になります。ですから0.30Nは約0.03キログラムという小さな数値です。これでは実感がないので単位面積をmm2からcm2に置き換えると3kg・f/cm2になります。標準的なコンクリートの強度は210kg・f/cm2ですから荒壁土に求められる圧縮強度はコンクリートの1/70程度ということになります。

7. 壁土の強度・その2

 次に、壁土が強度(圧縮やせん断抵抗)を発揮する仕組みを簡単に説明します。壁土の強度は次式で表すことができます。
 壁土の強度=土粒子の結合力+土粒子の摩擦抵抗力
土粒子は水を加えると可塑性を示し、乾くと固まる性質を持っています。これは土粒子が水を媒介として電気的な力で互いに引きつけ合うためで、この力を土の結合力(又は凝集力)と呼びます。乾燥収縮のところでも触れましたが、同じ体積又は重量の粒子を比較した場合、結合力は粒子のサイズが小さければ小さいほど全体として大きくなります。何故なら、電気的な力は粒子の表面で活発に働くので、粒子の表面積が増えるほどその力も増えるからです。これは粒子サイズの極めて小さい粉状の物質に起きる現象で、表面効果と呼ばれています。
 壁土に外部から力が働いたとき、初期は土粒子の結合力が抵抗しますが、結合力が失われるにつれて摩擦力が働きはじめます。摩擦力は土粒子間の摩擦、かみ合い、粒子の移動による体積変化などによって発生します。粒度分布でも触れたように、粒径が異なる粒子が混在すると摩擦力は高くなります。また、壁土に含まれた藁の繊維と土粒子の摩擦も有効に働くと考えられます。

8. 施工性の指標「稠度と粘度」

 壁土には粒度や強度以外に稠度(ちゅうど)と粘度という施工性に係る指標があります。どちらも土の粒度と水量に左右されます。コンクリートは型枠へ流し込むので施工性は材料の軟度(スランプ値)で表せますが、鏝で塗りつける土壁の施工性は軟度だけでは表せません。稠度とは流動性を示す指標で壁土を塗り拡げる際の軟らかさ、広がりの良さを表します。粘度は材料の垂れ下がりを妨げ、塗厚を平均化させるのに必要な粘っこさを表し、鏝さばき(鏝のび)に影響する指標です。稠度と粘度は互いに逆の関係にあります。つまり一方が上がると他方は下がります。同じ水量を加えても微粒分の多い土ほど粘度が高く稠度は低くなります。強度と収縮の関係と同じく、この調整は常に左官を悩ます問題です。

9. 荒壁土と中塗土

 壁土は大きく荒壁土と中塗土に分けられます。荒壁土は工程の最初に塗られる土で、土壁の中心部を構成する役割を果たしています。
 通常、4~5センチ程度の厚さに塗るので礫まじりの土であっても構いませんが、貫や間渡し竹、小舞などの下地材にしっかり付着するように粘性が重視されます。そのため乾燥後のひび割れやチリ離れ(軸組と土の隙間)の発生は避けられません。これは当然、壁の耐力に影響を与えます。また、あまり粘性が高いと土が鏝にくっついて塗りにくくなります。こうした不都合をさけるために壁土にはかなり多量の藁苆が混入されます。藁は柔らかく、茎はストロー状で中空部分を多く含むため壁土の強度を下げてしまいます。また、藁は水をたくさん吸収するので調合の際に多くの水が壁土に含まれ、それが乾燥収縮を増大させることにもなります。
 中塗はこれまで上塗の下地としての役割、収縮が少なく平滑であること、を目的として行われてきました。そのために目の細かい篩にかけて土を選別し、多量の砂と揉みスサ(藁を砕いて細い繊維質だけを残したもの)を混ぜて収縮亀裂を防ぐなどの工夫がなされています。しかし、技術解説書が中塗土に荒壁土よりも大きい圧縮強度を求めているように、耐力面でも重要な役割を果たしていることが明らかになりました。現在は中塗用として袋詰めで売られている土を使うことが多いと思われますが、実際に圧縮試験をしてみるとこうした中塗土の圧縮強度はかなり高く、壁の実大試験でも耐力の多くを中塗土が負担していることが確認されています。中塗土は配合の際に粘土より砂の割合を多くするので水量が減り乾燥収縮が少なくなります。また、藁よりも細い揉みスサを混入するため荒壁土よりも空隙が少なく、密度が高くなります。こうしたことが中塗土の強度を高めていると推測できます。耐力壁としては中塗土の塗厚を増やすことが有効ですが、これは工程とコスト(市販品は荒壁土に比べかなり高価です)に影響を及ぼすので注意が必要です。

10.土の成り立ち

 壁土に使われる関東の粘土は一般に荒木田土と呼ばれています。荒木田土とはもともと埼玉県の荒木田原から採取される土の名前でしたが、今では関東産の壁土用粘土の総称として使われています。この土はおそらく1万年ほど前、周辺の火山活動によって堆積した火山灰質粘土と思われます※。この層は通常かなり深い所に存在していますが、荒川や多摩川など大きな河川の流域や海岸近くでは浸食作用により地表に現れてきます。関東の壁土は昔からこうした限られた場所から採取されてきました。荒木田土は微粒分を多く含むのが特徴で、粒径分布曲線は左上に偏ります。したがって、配合時に多くの水を必要とし、乾燥収縮も大きくなる傾向があります。
最近行った調査では、現在荒川河川敷で採取されている荒木田土は火山灰層ではなく、表層部に堆積した土であることが明らかになりました。
 一方、香川の粘土は花崗岩の風化によってつくられたもので、花崗岩質粘土と呼ばれています。風化とは水との化学反応によって岩石が細かく砕けていくことを意味します。花崗岩は地殻の主要な構成物質で、地層図をみると中部地方、近畿から瀬戸内海沿岸部、北九州の一部にまで帯状に地表に現れています。したがって、この地域でつくられる壁土は似たような性状を示すと思われます。花崗岩は風化すると粘土と硬い砂が混じった真砂土(花崗土)と呼ばれる山土になり、その微粒分が平野部流れ出て堆積したものが粘土層を形成します。昔は壁土にこうした粘土を使っていましたが、現在は平野で採取される粘土は量が少なく、丘陵部などから採取されるシルト、砂が混じった粘土(砂質粘土)が使われることが多いようです。

11.壁土の検証

 土壁に使われる粘土は地域により実に様々です。土壁の耐力性能は壁土強度により左右されるので、壁倍率1.0及び1.5を使って設計する場合、実務者は壁土強度を確認することが望まれます。それには試験設備と専門家の協力が必要です。四国職業能力開発大学校では県外からの圧縮強度試験も受け入れているので、土壁ネットワークを通じても申し込むことができます。今回試験を行った荒木田土は東京の設計者から送られてきたものです。土壁に対する関心は高いものの、実際に取り組む人はまだ少なく、それぞれが独自に試行錯誤を続けているのが現状です。
 土壁ネットワークは土壁に関する様々なデータや情報を収集し、HPを通じて公開する予定です。


粘土のはなし執筆者の紹介と概要
戸塚元雄(戸塚元雄建築設計事務所)
壁土の性能には粘土の性質が大きく影響します。焼き物、紙製品、化粧品など、粘土は私たちの身の回りの様々な製品に使われていますが、建築分野での研究はこれからです。このコラムでは土壁のことを知る手がかりとして、粘土の世界に踏み込んでみたいと思います。