第2回 粘土とは何か
土壁の予備知識として

 土壁は文字通り土を使ってつくられる。しかし土には様々な種類がある。どんな土でもいいというわけではない。粘土と呼ばれる「粘り気のある土」を多く含む土だけが土壁の材料になる。土壁の工法や性質(ひび割れや強度)には粘土の働きが深く関わっている。良い土壁をつくりたいと思うなら粘土を知るに越したことはない。だが、粘土のことは案外知られていない。なぜなら粘土の働きは極めて「微小な」世界で繰り広げられているからである。その世界は人間の感覚で直接確かめることが出来ない。
 
 地表は岩石で覆われている。土は岩石が太陽光や風雨の影響を受けて細かく粉砕されたもので(この過程を「風化」と呼ぶ)、粒のサイズにより、礫、砂、泥(シルト、粘土)に分類される。それぞれのサイズは、おおよそcm、mm、μmに相当する。粘土は土の最小粒子を意味する用語である。そのサイズは国や土を扱う分野によって多少の違いがあり、日本の工学分野では粒径5μm(0.005mm)以下の土を粘土と定義している。5μm以下というのは、一言でいえば「埃(ほこり)」であり、乾燥すると空中に飛散するサイズである。毎年春に飛来する黄砂や最近話題になった2.5pm(2.5μm以下の粒子状物質)もこの程度の大きさの粒子である。人間が肉眼で見分けることができる大きさは100μm(0.1mm)くらいまでだから、私たちは粘土粒子を単体で見ることはできない。

寸法は全て国際単位系(SI 単位)で表している。SI 単位はm(メートル)を基本単位として、それより大きいサイズも小さなサイズもm(メートル)の前に接頭語をつけて表す。cm、mm、μmの後ろのmが基本単位のメートルで、c、m、μがメートルよりも小さい寸法を表す接頭語である。c=10-2、m=10-3、μ=10-6と決められている。したがって、1μm=1m×10-6=1mm×10-3=1/1000mmになる。

 このくらいのサイズの土粒子を多く含む土は水を加えると粘性や流動性を示し、乾燥が進むと塑性(力を加えると変形し、力を抜いても元の形に戻らない)状態になり、さらに乾燥すれば固く硬化する性質を持つ。硬化した土に再び水を加えると逆方向の反応が起こる。粒の大きな土(砂や礫)に水を加えてもこうしたことは起こらない。粒子サイズが粘土と同程度の漆喰やセメントに水を加えると同じような反応が進むが、いったん硬化した後に水が触れても逆方向の反応は起こらない。なぜ粘土だけがこうした反応を示すのだろうか。
 
 粘土には粘土鉱物と呼ばれる特殊な鉱物が含まれている。粘土鉱物は水に対して極めて大きな反応を示す鉱物で、粘土が示す反応は全てその鉱物の働きによるものである。粘土鉱物の大きさはnm(1nm=1μm×10-3)で測られるサイズなので電子顕微鏡を使わなければ見分けることが出来ない。粘土研究の分野では粒径0.2μm以下の土を粘土と定義している。5μmと0.2μmはそれぞれの分野が対象とする世界の違いを示している。建築や土木、土質工学では粘土鉱物のレベルまでは踏み込まずに通常の手段(目視、篩分け、沈降分析)で判別できる粒のサイズを元に理論を組み立てているが、粘土研究者たちは粘土鉱物の働きを調べるために分子、原子の世界を対象としている。前者は工学、後者は化学の世界である。土壁は工学の世界に属すが、粘土を主な材料とするので粘土鉱物の働きも無視できない。土壁研究の悩ましさは粘土が二つの顔を持つことにある。

「どんなに巨大な構造物でも、明らかにその強度は、分子のスケールで起こっている化学的・物理的過程にある程度依存している。したがって、物理的な大きさに関しては、われわれは極大から極微のスケールまで自在に考えを巡らさなければならないが、それだけでなく、化学的な考え方と工学的な考え方との間を行ったり来たりする必要もある。このごろの言い方をすると、材料科学は「学際的」である(すなわち多分野にまたがっている)。」(J・E・ゴードン「強さの秘密」(土井恒成訳)より)

 多くの人にとって粘土鉱物という名前は耳慣れないと思うので簡単に説明しておこう。鉱物と岩石はよく混同されるが両者は別物である。岩石は鉱物や岩石破片の集合体で化学的に均質なものではない。一方、鉱物は化学的にほぼ均質で原子が3次元的に規則正しく配列した結晶構造を持つ(結晶構造を持たないものある)。具体的な名前を挙げると、花崗岩は岩石で、その花崗岩は石英・長石・雲母などの鉱物の集合から成っている。粘土鉱物(カオリナイト、モンモリロナイトなど、他にも数種がある)は長石など水に反応しやすい鉱物の加水分解によってつくられたもので、化学的にも構造的にも元の鉱物とは全く異なる鉱物である。元の鉱物を一次鉱物、粘土鉱物を二次鉱物と呼ぶこともある。

「粘土や土の正体はよくわからなかったが、岩石の風化によって粘土が生成している様子は至るところで観察された。とくに花崗岩などの長石が分解し、アルカリが水に溶脱して、シリカとアルミナが残り、カオリン粘土(陶土)ができることは19世紀中頃には知られていた。これらの粘土中にはしばしば微細ながら薄片状の結晶が見出されたので、粘土の主体は結晶ではないかとする考えが出された。」(白水晴雄「粘土鉱物学」より)

 岩石から粘土鉱物までの変化には全てが介在している。水が存在しなければ粘土鉱物は生まれない。この作用は極めてゆっくり進むので岩石が粘土鉱物になるまでには数千年、数万年という膨大な時間がかかる。また、火山噴火で噴出した溶岩片や火山灰からも同じような粘土鉱物ができる。火山由来の粘土(火山灰質粘土)を含む土と花崗岩由来の粘土(花崗岩質粘土)を含む土は粒径分布に明らかな違いがあり、目視や触感でも判別できる。関東ローム(ロームとはシルト・粘土が高い比率で含まれる土を意味する)は富士山や浅間山など周辺火山の噴出物が風化した地層である。一方、関西や瀬戸内沿岸部など、火山活動の影響が少ない地域では花崗土(真砂土)と呼ばれる花崗岩の風化物が広範囲に存在する。これはシルト、砂、礫が混在した土で、粘性に乏しく主に造成用の土として使われている。壁土には粒子の細かい粘土と花崗土のような粒の大きい数種類の土が適度に混じりあった土が使われる。どちらか一方だけで壁土はつくれない。

火山灰質粘土と花崗岩質粘土は代表的粘土だが、土には他にも様々な履歴があり、表層で営まれる生物活動の影響も受けている。同じような土に見えても粘土鉱物が少ないもの、含まないものもある。また、粘土鉱物にもいろいろな種類があり、水に対する反応が強いもの(モンモリロナイト)も弱いもの(カオリナイト)もある。「通常の手段」では粘土鉱物の種類まで見分けることはできないが、前者は火山灰質粘土に、後者は花崗岩質粘土に含まれていることが多い。粘土の利用は我々建築関係者の想像をはるかに超えている。水に対して強い反応を示すことで知られているベントナイトはモンモリロナイトを多く含む火山灰質粘土の総称で、日本では群馬県の鉱山で採取され、陶磁器や土木材(防水材や掘削用泥水)だけでなく化粧品、医薬品から食品まで実に多様な分野に使われている。

 水の介在で生まれた粘土鉱物は水に対し極めて活発な反応を示す。電子顕微鏡の画像の中で水を吸って膨らむ姿は生物有機分子のようにも見える。こうした反応は分子・原子の持つ電気的な力によって起こされる。質量の小さい微小な粒子に重力はほとんど働かない。そこは電気的な力が支配する世界である。この力は主に粒子の表面で活発になるから粒子の表面積が増えるほどそこに働く力も大きくなる。同じ重さの2種類の土の塊を比べたとき、粒子サイズが小さいほど全体の表面積は増える。例えば、粒径2mmの砂粒1gを1μmに粉砕すると粒子全体の表面積は1,000倍にもなる。また、粘土鉱物は書物のように何枚もの薄い層が重なった構造を特徴としていて、層の間にも水分子が入り込むから反応面積は飛躍的に広がる。ガラス容器に入れた水に粘土を加えて撹拌すると粘土と水が混ざり合い泥水になる。泥はやがて底の方に沈み、上澄みと分離するが、粘土鉱物を多く含む泥水は長時間放置しても濁ったままで澄むことはない。そこでは粘土鉱物と水分子が電気的な力で強く結びつき、重力による沈殿を妨げているからである。

質量が微小な世界では重さや体積よりも表面積が意味を持つ。単位質量当たりの物質が持つ表面積を「比表面積」という。比表面積は粘土鉱物の働きを測る重要な指標となる。

 壁土には粘土と共に様々な粒径の土が含まれている。壁土に適量(40~50%)の水を加えてよく撹拌するとドロドロと粘りを帯びた状態になる。これは水の表面張力の働きで粘土と水が結合して流動体となり、粒の大きな砂や礫の間を埋めて全体を流動化させるからである。粘土と一体化した水を結晶水、しなかった水は自由水と呼ぶ。粘土粒子と水分子の結合力は水分子の結合力よりも強いので自由水が蒸発しても結合水は残る。常温で完全に乾燥した壁土の含水比は2%程度だから単純に考えればこれが結合水の割合と思われる。流動しなくなった粘土に手で力を加えると水分子の弱い結合が切れて形が変わる。しかし、周りにはまだ水分子がたくさん残っているので直ぐに結合が再生されて変形した形がそのまま維持される。これが塑性と呼ばれる状態のメカニズムである。更に乾燥が進むと壁土は徐々に硬化する。そして、固体化した壁土は外力に対して相当の強度を発揮するようになる。水平力に対する土壁の耐力はその強度に依存している。土が水分を失いながら凝固し、強度を高めていく現象は誰もが知っているが、そのメカニズムは複雑で粘土研究者の間でも難問とされている。微小な世界に働く電気的な力や性質(イオンの結合や交換)、比表面積、粒子充填率など、粘土に強度をもたらす個々の要因は分かっていても全体像の説明は難しいようだ。工学と化学の間を繋ぐ橋はまだ架けられていない。

「固体は原子や分子が化学的物理的結合力で結び付いてできており、固体を壊すにはいくつかの異なるやり方(たとえば、力学的粉砕、融解、化学的浸食など)がある。どの場合も原子間の結合をゆるめなければならないのは同じだから、固体のいろいろな崩し方の間には何か単純な関係があるに違いないと考える人がいるかも知れない。もしそうならば、今や化学者や物理学者は原子間の結合力の性質を知り尽くしているのだから、物質の強度やその他の力学的性質を説明するのはわけもないはずで、破壊の問題は事実上、化学の一部門になってしまってもよさそうなものである。だが実際はそうではない。」
 
「固体の力学的性質について考え始めると、すぐに次のことに気づく。すなわち、われわれは材料が「どういう風に」ふるまうかはある程度予想がつくのだが、「なぜ」そうなるかはほとんど見当もつかない。もちろん、一般に「なぜ」という質問の方がややこしくて、答えるのが難しいのは当然であるが、ともあれ、物質や物体のふるまいの理由を探究しようとするなら、その前に、そのふるまいを正確かつ客観的に記述できなければならない。これがエンジニアの仕事である。」(J・E・ゴードン「強さの秘密」/土井恒成訳 より)

 ここから先は少し視点を変えて、漆喰とセメント、珪藻土と粘土の違いを確かめておこう。これまでは粘土を「粒」の視点から見てきたが、ここからは成分の話になる。粘土の主成分は二酸化ケイ素 SIOである。
 
 漆喰もセメントも石灰岩を原料としている。石灰岩には古代に大量発生した生物(有孔虫や貝類)の死骸が堆積したものと、水に含まれていたカルシウム分が分離したものとがあり、どちらも主成分は炭酸カルシウム CaCOである。炭酸カルシウムは水に溶けないが、1,000 度近くの高熱で焼くと生石灰 CaCO と二酸化炭素 COに分離する。COの割合は半分近くもあるので、生石灰はその分重量が大きく減るが、体積は元の炭酸カルシウムとほとんど変わらない。そこに水を加えると二酸化炭素が抜けた空隙に水が入り込み、発熱を伴う激しい反応(消化作用)が起こる。この反応により生石灰は粘土と同じくらいの細かい粉末、消石灰 Ca(OH)2 に変わる。この粉末が漆喰になる。消石灰は水に反応しないが、空気中の二酸化炭素と結合して固い炭酸カルシウムに変化する。つまり、漆喰は塗る時は消石灰だが、硬化したときは炭酸カルシウムに変わっている。炭酸カルシウムは「風化」しにくいので、漆喰は土壁の保護材として使われる。この過程は化学式で書いたほうが分かりやすいかも知れない。
 CaCO3+熱 → CaO+CO2 炭酸カルシウムの焼成(徳利窯の工程)
 CaO+H2O → Ca(OH)2 生石灰の消化(漆喰の製造)
 Ca(OH)2+CO→ CaCO3+H2O 消石灰の硬化(漆喰壁)
 
 漆喰(石灰)は空気に触れて硬化する気硬性材料である。硬化後は水に溶けないが、硬化に時間がかかるため一度に厚く塗れないなどの問題がある。一方、粘土は水硬性で早く硬化するが水に対する抵抗力が無い。両者を混ぜて水硬性石灰をつくろうとする考えは古代エジプトやローマ時代からあったが、石灰 CaO と粘土 SiOを高温で焼成した化合物、セメントがつくられたのは産業革命期のイギリスにおいてである。セメントは水に反応して硬化する水硬性石灰化合物である。はじめはモルタルとして使われていたが、直ぐにコンクリートが開発された。コンクリートと土壁は非常によく似ている。原材料のセメントの粒径は粘土と同程度で、どちらも水を加えると強く反応して水和物となり、砂(細骨材)と礫(粗骨材)の間隙を埋めて全体を流動化させる。セメントと粘土は結合材、砂と礫は充填材として働く。しかし、同じような経緯を辿っても硬化後のコンクリートは水に溶けず、圧縮強度は壁土の 100 倍程も高い。電子顕微鏡で観察すると、セメント粒子は水と反応後間もなく粒子表面から水和物が溶けだして周囲に広がり粒子と粒子の間の空隙を埋めながら硬化することが分かった。この水和物がセメント粒子同士を強固に結合し、砂や礫の摩擦抵抗を高めて強度を飛躍的に向上させると考えられている。

高知県の海岸沿いには石灰岩を多く含む地層があり、昔から石灰製造が盛んに行われていた。台風の強い風雨から建物を守るために外壁に塗られた漆喰は土佐漆喰として広く知られている。土佐漆喰は石灰岩を徳利窯と呼ばれる筒状の窯に入れ、不純物を取り除くために塩を加え高温で焼成して生石灰をつくり、これを精製・消化して漆喰にしている(化学式参照)。この過程で徳利窯の底に残った未精製の生石灰は「窯ぞこ石灰」と呼ばれ、高知ではこれを粘土と混ぜて荒壁土に使う。これは水硬性石灰の製法と同じ考えだが、消化が進んでいない石灰と粘土を水で混ぜるだけでは反応が進むとは思えず、壁耐力への効果は疑問が残る。

 珪藻土は珪藻と呼ばれる藻類の殻が堆積してつくられた土である。珪藻は有機物だが有機分は徐々に分解して失われ、残った無機物が化石化して珪藻土になった。生成過程は石灰に似ていても、この無機物はカルシウム Ca ではなくケイ素 Si である。したがって珪藻土の主成分は粘土と同じ二酸化ケイ素 SiOになる。珪藻土の粒径は粘土よりもだいぶ大きく 100μmから1mm程度で、殻には細かい穴が無数に空いているのでとても軽く、適度な断熱性と吸湿性を持つ。この性質を利用して壁塗材として使われているが、粒子自体には結合力がないので合成樹脂などの固化材を添加したものが市販されている。

【参考にした文献】
「生命の起源 地球が書いたシナリオ」中沢弘基著
「建設技術者のためのセメント・コンクリート化学」W・チェルニン著
「土・建築・環境」 ゲルノート・ミンケ著
「強さの秘密」J・E・ゴードン著
「粘土鉱物学」白水晴雄
 ウィキペディア関連項目


粘土のはなし ◉ 執筆者の紹介
戸塚元雄(戸塚元雄建築設計事務所)
壁土の性能には粘土の性質が大きく影響します。焼き物、紙製品、化粧品など、粘土は私たちの身の回りの様々な製品に使われていますが、建築分野での研究はこれからです。このコラムでは土壁のことを知る手がかりとして、粘土の世界に踏み込んでみたいと思います。